1999年から2003年まで、ニューヨークのある若い写真家は、ほぼ毎晩ポケットにフィルム10本と小さなカメラ1台を入れて出かけた。ライアン・マッギンレーである。ホイットニー美術館の個展にまでつながった彼の写真の大半は、そのカメラから生まれた。ヤシカT4だ。
京セラとカール・ツァイスが作ったコンパクトカメラ
ヤシカはもともと日本のカメラメーカーだ。1983年、経営が傾いたヤシカを京セラが買収し、京セラはカール・ツァイスと組んでコンタックスブランドもあわせて手がけた。Tシリーズはその協力から生まれた自動カメラである。T4は1990年代初めに登場した。発売年は資料によって1990年と1992年に分かれる。
T4の要はレンズだ。カール・ツァイス テッサー(Tessar)35mm f/3.5、3群4枚構成にマルチコーティングを施している。テッサーはカール・ツァイスが長く使ってきた古典的なレンズ設計の名前である。画面中央がシャープでコントラストがはっきりしており、小さなカメラとは思えない写りだという評価が多い。
何ができて、何ができないか
使い方は簡単だ。電源を入れ、構図を決め、シャッターを押す。ピントと露出はカメラが決める。シャッター速度は1秒から1/700秒までカメラが自動で選び、最短撮影距離は35cmである。フィルム感度はDXコードでISO 50から3200まで読み取る。DXコードのないフィルムや範囲外のフィルムはISO 100に設定される。電池はCR123Aを1本使い、重さは170gほどだ。
続いて出たT4 Super(海外ではT5とも呼ばれる)は、二つの点を加えた。生活防水と、カメラ上面に付いた小さな「スーパースコープ」ファインダーである。腰の高さから見下ろして構図を決められるので、人の目線より低い位置からこっそり撮るのに向いていた。
マッギンレーがこのカメラを選んだ理由も、結局は大きさだった。スケートボード雑誌『Big Brother』で写真家のアール・パーカーがT4を褒めた記事を読んで買ったという。ポケットに入るから、毎晩持って出かけられた。バーの蛍光灯の下でISO 1600のフィルムを使い、セルフタイマーで自分自身も撮った。水しぶきがかかる場所でも取り出したそうだ。
以下は、マッギンレーがT4を使っていた時期の初期作品3点である。作品名と制作年は作家の公式アーカイブで確認した。
なぜ今これほど高いのか
T4はかつてありふれた中古カメラだった。コンパクトカメラ1台が、なぜここまで高くなったのか。2025年の海外のレビューは、状態の良いT4の相場を500ドルから600ドルとしている。レンズが今も優れていることには誰もが同意する。ただ、その値段は性能よりも、有名な写真家が使ったカメラという物語とSNSの流行によるところが大きいという見方が多い。
だから今T4を買うなら、いくつか必ず確かめておきたい。コンパクトカメラは修理が難しい。電源が入るか、レンズカバーがきちんと開閉するか、フラッシュが光るか、液晶表示が生きているかを確認する。同じ値段なら、同じ時期のほかの単焦点コンパクトカメラと比べてみるのも一つの手だ。
T4が残したものは、結局カメラそのものより使い方なのかもしれない。いつもポケットに入れて持ち歩けるほど小さく、取り出してすぐに撮れるカメラ。マッギンレーの初期の写真が今見ても生々しい理由も、そこにある。
T4 で撮った写真
説明やタグにT4シリーズの機種が明記された公開ライセンスの写真から選んだ。身近な花の細部、街角の濃い色、モノクロの階調を見ることができる。
読者がT4で撮った写真
Reader's Rollにカメラをヤシカ T4と記して投稿された写真だ。押すとその撮影者の写真をまとめて見られる。
情報
- カメラ ヤシカT4(京セラ製造)、1990年代初め発売。後継機はT4 Super(T5)
- レンズ カール・ツァイス テッサー 35mm f/3.5、3群4枚、マルチコーティング
- シャッター・ピント 1秒〜1/700秒 自動、オートフォーカス、最短撮影距離0.35m
- フィルム・電源 35mm(135)フィルム、DX ISO 50〜3200、CR123A電池