「フィルムカメラを新しくつくるという決断は、いまやめったに出てこない時代だ。ところが、ある俳優が何気なく口にしたひと言が、5年後に1台の試作機になって戻ってきた。」

2025年10月、ミネソタで開かれたInternational Association for Panoramic Photographyの年次コンベンション。1台のカメラが映像で公開された。名前はWideluxX Prototype 0001。手作業で1台だけつくった試作機だ。つくったのはSilverBridges。俳優ジェフ・ブリッジスと妻スーザン・ブリッジス、そしてドイツの雑誌SilvergrainClassicsの編集長Marwan El Mozayenと、同誌のCharys Schulerがともに立ち上げた会社である。ただし、この試作機が量産モデルの最終形というわけではない。量産用のモデルは別に進んでいる。

このカメラは、私たちが知っているあのWideluxの直系の後継機だ。出発点は1958年の日本までさかのぼる。

Wideluxとはどんなカメラだったか

Wideluxは、1958年に日本のパノンカメラ商工がつくり始めた35mmのスイングレンズ式パノラマカメラだ。シャッターを押すとレンズが左から右へ一度回転し、長く伸びたフィルム面に1枚のワイドな像を露光する。一般的な広角レンズのように一瞬で写し取るのではなく、露光が進むあいだに視野が実際に移っていく。だから1コマの中に、わずかな時間も一緒に写り込む。

最後のモデルはWidelux F8。2000年に生産が終わった。さらに約20年前、Wideluxの工場で起きた火災が、部品の供給と修理の体制まで事実上断ち切ってしまった。その後、市場に残ったのは中古のF8だけで、価格は毎年ゆっくりと、しかし着実に上がっていった。

話を始めた人

ジェフ・ブリッジスは、自分が出演する映画の撮影現場に長年Wideluxを持ち込んできた。共演者やスタッフ、セットの風景を1枚のワイドなフレームに収め、そうして積み重なった写真は一冊分の記録になった。2020年、あるポッドキャストで彼が何気なく「Wideluxをもう一度つくれたらいいのに」と口にしたひと言が、SilverBridgesの出発点だった。

ジェフ・ブリッジスとスーザン・ブリッジスが並んで立っている写真
ジェフ・ブリッジスとスーザン・ブリッジス。SilverBridgesの共同創業者。Image: SilverBridges / SilvergrainClassics.

次の3枚は、彼がWideluxで長く撮りためてきた写真の手ざわりを見せてくれる。1コマの中に左右がすべて入っているが、その左右は厳密に言えば同じ時間ではない。スイングレンズが生み出す独特の時間の感覚だ。

ジェフ・ブリッジスが自分のWideluxで撮影した映画の撮影現場の写真1
ジェフ・ブリッジスが自分のWideluxで撮った作品。© Jeff Bridges.
ジェフ・ブリッジスが自分のWideluxで撮影した映画の撮影現場の写真2
ジェフ・ブリッジスが自分のWideluxで撮った作品。© Jeff Bridges.
ジェフ・ブリッジスが自分のWideluxで撮影した映画の撮影現場の写真3
ジェフ・ブリッジスが自分のWideluxで撮った作品。© Jeff Bridges.

2023年夏、SilvergrainClassicsが自社のブログで「Widelux復活プロジェクト」に公式に言及した。2024年には名前がWideluxXに決まり、2025年10月に試作機0001が公開された。そして2026年4月、正式な予約販売が始まった。最初の出荷予定は2026年後半。試作機0001はF8の骨格に小さな改良を加えたもので、量産モデルの名前はF10に決まっている。F9を飛ばしてF10とした点は、復活はさせても、旧ラインの最後の番号をそのまま引き継ぐつもりはないという意図に読める。

日本で始まり、ドイツでつくり直すということ

新しいWideluxXは日本ではつくられない。SilverBridgesの拠点はドイツのヴェッツラー(Wetzlar)近郊だ。ライカが本拠を置く町で、1世紀以上にわたって精密カメラ製造の文化が厚く積み重なってきた地域である。部品はひとつずつオリジナルのF8を分解してリバースエンジニアリングで図面を引き直し、その図面どおりに一から削り出している。

SilvergrainClassicsのCharys SchulerとMarwan El Mozayenが、WideluxXの試作機と一緒に座っている写真
Charys Schuler(左)・Marwan El Mozayen(右)。SilvergrainClassicsの二人が、ブリッジス夫妻とともにSilverBridgesを立ち上げた。Image: SilverBridges / SilvergrainClassics.
WideluxXのエンジニアリング図面。部品ごとの寸法が書き込まれた技術図面
WideluxXのエンジニアリング図面の一部。オリジナルのF8を分解し、部品単位で描き直した。Image: SilverBridges / SilvergrainClassics.

製造について、SilverBridgesがあらかじめ打ち出した原則は二つある。ひとつはプラスチック部品を使わないこと。もうひとつはドイツ国内の、グリーン電力を使う施設でのみつくること。どちらも量産性やコストより、カメラの寿命と製造のあり方の倫理を優先した決断だ。SilverBridgesはこのモデルを「世代を超えて使う手づくりのフィルムカメラ」と位置づけている。

ここが今回の復活プロジェクトの核心だ。ある会社が昔の日本のラインをそのままよみがえらせようとしているのではない。別の産業的な合理性の上に、同じカメラを建て直そうとする試みである。同じメカニズムに、違う製造哲学。

では、私たちにとって何を意味するのか

スイングレンズ式パノラマは、デジタルでそっくりまねるのが難しい数少ない領域だ。デジタルのパノラマは複数のコマを後からつなぎ合わせる方式なので、一度のシャッターの中でレンズが実際に動いて生まれる独特の時間の感覚とゆがみを、そのまま再現できない。だからF8の中古市場は生き続けてきた。ただ、価格は上がり、修理できる見込みは狭まる方向へ流れていた。

WideluxXが2026年後半に予定どおり出荷されれば、26年ぶりに新品のスイングレンズカメラが買えるようになる。価格は安くはないだろう。手づくり、プラスチック不使用、ドイツ製、数量限定。価格を決めるすべての要素が上を向いている。だからこの復活は、入門層の市場の流れを変えるような出来事ではない。ただ、「生産終了が終わりとは限らない」という事例がもうひとつ積み重なる出来事だ。

黒仕上げのWideluxXを屋外で両手に持っている様子
実際の場で使われるWideluxX。量産型の仕上げのトーンをあらかじめ想像できるカット。Image: SilverBridges / SilvergrainClassics.

同じころ、Luckyは自社の処方でカラーフィルムを組み直し始め、Eastman Kodakは14年ぶりに自社のフィルムを自らの手で売り始めた。どれも別の話だが、手ざわりは似ている。一度途切れたラインが、別のやり方でまたつながる。WideluxXの試作機0001も、その流れの上にある一点だ。

ある俳優が何気なく口にした「もう一度つくれたらいいのに」という言葉が、5年を経て1台の試作機になって戻ってきた。一度消えたカメラが、どうすればふたたび手の中に戻ってくるのか。そのささやかな答えである。

まとめ

韓国での正式発売・価格・流通チャネルは別途確認が必要だ。公式の予約販売はsilvergrainclassics.comで受け付けている。新しい画像や情報が加われば、この記事に追記する予定だ。