九十歳を目前にした映画監督と、三十代そこそこの写真家が、一台のトラックでフランスの田舎をまわる。荷台にはインスタント写真のブースと大型プリンターが積んである。村の人を撮り、建物の壁一面ほどの大きさに引き伸ばして、その村の壁に貼る。アニエス・ヴァルダとJRが共同で撮ったドキュメンタリー『顔たち、ところどころ』(原題 Visages Villages、2017)の話である。
ふたりの写真家が出会った映画
この映画を写真誌で取り上げる理由は単純だ。監督のふたりがどちらも写真家なのである。JRは人々の顔を大きく引き伸ばし、街の壁に貼る作品で名を知られるようになった。ヴァルダは映画を撮る前、写真家だった。ふたりは2015年に初めて会い、都市から遠く離れたフランスの田舎で映画を撮ろうと、すぐに意気投合したという。
映画は2017年のカンヌ国際映画祭の非コンペティション部門で上映され、ドキュメンタリー賞の「ルイユ・ドール(L'Œil d'or)」を受けた。翌年にはアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞の候補にもなった。ヴァルダの映画がアカデミー賞の候補に挙がったのはこれが初めてで、当時八十九歳の彼女は史上最年長の候補者だった。韓国では2018年6月に公開された。
壁に貼られた顔
北フランス、ブリュエ=ラ=ビュイシエールの古い炭鉱住宅は取り壊しを控えていた。軒を連ねる家々のうち、まだ住んでいるのは炭鉱夫の娘ジャニーヌひとりだけだった。JRはその家の正面にジャニーヌの顔を大きく貼る。家の前で自分の顔を見上げたジャニーヌは涙を流す。同じ通りのほかの家々には、ヴァルダが集めてきた古い絵葉書に写る炭鉱夫たちの写真を貼った。
ル・アーヴルの港では、港湾労働者ではなく、その妻たちの写真を大きく引き伸ばす。いつも男たちが主役だった職場に、女たちの顔を立てたのだ。この映画の写真はたいていこうだ。名の知られていない人を撮り、その人が暮らす場所に、その人自身が目にできる大きさで返す。
写真家アニエス・ヴァルダ
ヴァルダは1948年、中古のローライフレックスで写真を始めた。翌年には夜間学校に通って写真の資格を取り、1951年から1961年までジャン・ヴィラールの国立民衆劇場(TNP)の専属写真家を務めた。舞台と俳優を撮りながら、初の長編『ラ・ポワント・クールト』(1954)をつくった。映画監督になってからも、1960年代半ばまで写真を撮り続けた。2019年に亡くなったあとの2021年、遺族は1948年から1970年までにヴァルダが撮った写真およそ2万7千点を、フランス・リールの写真機関Institut pour la photographieに託した。
映画にもその頃の写真が出てくる。ヴァルダが若い頃に撮った写真家ギイ・ブルダンの写真を、JRがノルマンディーの浜辺に崩れ落ちた第二次大戦時のドイツ軍トーチカに貼る。しばらくして再び訪ねると、写真は満ち潮にさらわれて消えていた。アンリ・カルティエ=ブレッソンが眠る小さな村の墓地も訪ねる。決定的瞬間を撮った写真家の墓は、探すのに苦労するほど質素だ。
貼って、消えるにまかせる写真
紙に刷って糊で貼った写真は長くはもたない。雨が降れば濡れ、潮が満ちればさらわれ、家が壊されれば一緒に消える。ふたりはそれを承知で貼る。フィルムで長く撮ってきた人には、なじみのある感覚かもしれない。残すために撮るが、撮ったその瞬間がもう過ぎた時間だとわかったうえで撮る。カルティエ=ブレッソンの墓の前で、ヴァルダは死を待っているという言葉を淡々と口にする。
ラストシーンはスイスのロールにあるジャン=リュック・ゴダールの家だ。ヴァルダは会う約束を取りつけ、JRと訪ねた。だが扉は開かず、窓には謎めいたメッセージが書かれているだけだった。ヴァルダは落胆を隠さない。顔を撮って貼ってまわった旅は、いちばん会いたかった顔に会えないまま終わる。写真に収められなかった顔は、何として残るのだろうか。
作品情報
- 題名 顔たち、ところどころ(Visages Villages / Faces Places)、2017年、フランス
- 韓国題 『바르다가 사랑한 얼굴들』
- 監督 アニエス・ヴァルダ、JR
- 上映時間 約90分(資料により89分・93分)
- 受賞 2017年カンヌ国際映画祭ルイユ・ドール(ドキュメンタリー賞)、2018年アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞ノミネート
- 韓国公開 2018年6月14日、全年齢対象
- 視聴 Wavve(購入、韓国)