「写真は結局、残すことだと先月書いた。9月のリストはその先を問う。残したものを、誰に、どう渡すのか。」

9月、写真家の暗室が美術館になる。ジェリー・ユルズマンが使っていた引き伸ばし機6台と仕事道具が金浦に渡り、扉を開く。大邱は地域の写真史の根から今日の作家たちへとつながる系譜を描き、大田は「労働」という一語のもと、市内10か所を12日間展示場にする。仁川は7日間だけ開く。今月はソウルの外が忙しい。会期終了が近いものから書いていく。

今週で閉まる

Na Hye-young〈Rastro〉の展示ポスター。
Na Hye-young〈Rastro〉。ネモギャラリー、8.28 – 9.2。

Na Hye-young、〈Rastro〉
ネモギャラリー(네모갤러리)。8.28 – 9.2。
出発点は、2015年の夏にスペイン・グラナダの小さなタブラオで初めて出会ったフラメンコだ。「Rastro」はスペイン語で痕跡、足跡を意味する。踊りが終わったあとに残るものを追った。今週の水曜日が最終日である。

韓京国立大学校大学院 写真・デザイン専攻 同窓展、〈視線連帯〉(시선연대)
ノドゥルギャラリー(노들갤러리)1館。8.22 – 9.2。
「私たちはみな違う場所を見つめている」という一文で束ねられた同窓のグループ展。ある人は暮らしにいちばん近い風景を記録し、ある人はその反対側を見る。Na Hye-young と同じ日に閉まるので、ソウルで一緒に回りやすい。

9月、金浦で

ミュージアム・ハンミ金浦 ジェリー・ユルズマン記念館の開館ポスター。
ミュージアム・ハンミ金浦 ジェリー・ユルズマン記念館、9月11日開館。ポスターに使われているのはユルズマンの合成イメージだ。石造りのアーチの前の水たまりの上に、金属の球が浮かんでいる。

ミュージアム・ハンミ金浦 ジェリー・ユルズマン記念館 開館
ミュージアム・ハンミ金浦(뮤지엄한미 김포)。9.11(金)開館。
今月いちばんのニュースは、展示ではなく空間である。

ジェリー・ユルズマン(Jerry Uelsmann, 1934–2022)が生涯をかけて磨いたのは、組み合わせプリント(combination printing)だ。何枚ものネガを何台もの引き伸ばし機に分けて掛け、1枚の印画紙の上に順に重ねて焼き付ける。19世紀にレイランダーとロビンソンが用いた方法を1960年代に掘り起こし、自分のものにした。合成という言葉がデジタルのものになるずっと前に、彼は暗室の中でしかありえないシュルレアリスムを生み出していた。

引き伸ばし機の台数をわざわざ数えるのには理由がある。ユルズマンの暗室には引き伸ばし機が7台置かれ、1枚を仕上げるために10台以上を同時に使ったこともある。彼にとって引き伸ばし機の数は機材リストではなく、仕事のやり方そのものだった。今回開く記念館には 彼が生前使っていた引き伸ばし機6台と仕事道具、スタジオと暗室の備品が移され、ふたたび据えられる。写真を何点か掛けておく場所ではない、ということだ。

ミュージアム・ハンミ金浦 ジェリー・ユルズマン記念館の開館ポスター、2つ目のバージョン。
同じ開館ポスターの別バージョン。海に浮かぶ1艘の渡し舟の上に、雲を抱いた黒い円が浮かんでいる。何枚ものネガを1枚に重ねた結果だ。

常設展と企画展で代表作とアーカイブをあわせて見せ、アナログプリントを実際に体験できる暗室プログラムも運営する予定だという。フィルムで撮る人は増え続けているのに、プリントはいったいどこで学んだのだろうか。巨匠が実際に使っていた暗室が常設の体験空間として開くというニュースは、展示というよりインフラに近い。金浦のカヒョンリ(가현리)、「美しい丘」という地名そのままに、丘の上に韓屋カヒョンホン(가현헌)と庭園、そして記念館が並んで建っている。

暗室プログラムの運営方法と予約方法は、開館の頃に告知される予定だ。

ミュージアム・ハンミ三清別館〈金浦ジェリー・ユルズマン記念館プレビュー〉のポスター。
〈金浦ジェリー・ユルズマン記念館プレビュー〉。ミュージアム・ハンミ三清別館、5.22 – 9.30。

〈金浦ジェリー・ユルズマン記念館プレビュー〉(김포 제리 율스만 기념관 프리뷰)
ミュージアム・ハンミ三清別館。5.22 – 9.30。
金浦での開館に先立ち、春から開かれてきたプレビュー展。ユルズマンの代表作とともに、彼が韓国を訪れたときに安東と済州で自ら撮ったイメージ、美術館の所蔵品を撮影してつくった作品を見せる。金浦に作業室を移築する設計の過程と、現場の映像もあわせて公開されている。

9月11日から30日までのちょうど20日間、三清のプレビューと金浦の記念館が重なる。ユルズマンをしっかり見るなら、この期間だ。

9月、ソウルで

Cho Ui-hwan〈柳の風〉の展示ポスター。
Cho Ui-hwan〈柳の風〉。ハンビョグォン美術館、9.4 – 9.10。

Cho Ui-hwan、〈柳の風〉(버들바람)
ハンビョグォン美術館(한벽원미술관)。9.4 – 9.10。
謙斎 Jeong Seon が300年前に描いた京郊(都の郊外)の柳を、作家が写真でもう一度訪ねる。絵があった場所にカメラを立てる仕事だ。金曜日に開いて翌週の木曜日に閉まる。ちょうど1週間である。

〈美術館B1:次の区域はロジャー・バレンです〉のポスター。
〈美術館B1:次の区域はロジャー・バレンです〉。ミュージアム・ハンミ三清 本館B1、9.1 – 9.30。無料。

〈美術館B1:次の区域はロジャー・バレンです〉(미술관 B1: 다음 구역은 로저 발렌입니다)
ミュージアム・ハンミ三清 本館B1。9.1 – 9.30。無料。
ニューヨークに生まれ、1970年代から南アフリカ・ヨハネスブルグに拠点を置くロジャー・バレン(Roger Ballen, 1950– )の映像作品7本を、地下1階の全館で上映する。〈I Fink U Freeky〉(2012)から今年つくった〈Spirits and Spaces〉(2026)まで。Kiaf とフリーズ・ソウルの会期に合わせて開かれる10月の個展の予告編である。

モノクロフィルムと演出されたスタジオで無意識の風景をつくってきた作家なので、写真より映像が先に来る順番がかえって面白い。観客が空間を歩き回りながら見る構成。

〈Vogue Into Art〉の展示ポスター。
〈Vogue Into Art〉。ミュージアム・ハンミ三清 本館、9.1 – 9.30。無料。

〈Vogue Into Art〉
ミュージアム・ハンミ三清 本館。9.1 – 9.30。無料。
VOGUE KOREA 創刊30周年の記念展。この30年に出た『VOGUE』の表紙をキャンバスにして、国内外の作家33人がそれぞれのやり方でつくり直した33点を掛ける。表紙100枚あまりを重ねて1枚にしたり、切り抜いた雑誌を幾重にも積み上げて立体に仕立てたり。

参加作家のリストに Koo Bohnchang の名前がある。印刷物がどうやってふたたび作品になるのかを見る場なので、紙からつくられるものに関心があるなら見ておきたい。

Shin Sung-a〈想像〉、Choi Bang-won〈瞳の中の季節〉の展示ポスター。
Shin Sung-a〈想像:Imagination〉・Choi Bang-won〈瞳の中の季節〉。スペースポポ・ギャラリー、9.1 – 9.20。

Shin Sung-a〈想像:Imagination〉(상상)・Choi Bang-won〈瞳の中の季節〉(눈동자 속의 계절)
スペースポポ・ギャラリー(스페이스포포 갤러리)。9.1 – 9.20。
「小さな窓、大きな風景」(작은창큰풍경)とスペースポポの交流展。2人の作家の個展が、一つの空間で並んで開かれる。

Koo Bohnchang・Yeon Jin-young〈本然〉の展示ポスター。
Koo Bohnchang・Yeon Jin-young〈本然〉。PS CENTER、8.28 – 10.2。無料。

Koo Bohnchang・Yeon Jin-young、〈本然〉(본연)
PS CENTER(ソウル 中区 昌慶宮路5ダギル18、3階)。8.28 – 10.2。無料。日・月曜と秋夕(チュソク)当日は休館。
「本然(ポニョン)」は Koo Bohnchang の「ボン」と Yeon Jin-young の「ヨン」を並べた名前であり、存在の根源を意味する言葉でもある。写真家と彫刻家、40歳離れた2人が、それぞれのメディアで表面と物質性、時間の層を掘り下げる。1953年生まれと1993年生まれだ。

Yeon Jin-young は、ダウンのパディングやエアバッグ、ダクトやテントの布のように本来の機能を失った工業素材を集めて解体し、縫い合わせて編み直す。企画側はこの出会いを「同時代の美術が提案する新しいヴァニタス」と呼んだ。

RELATED · 単独記事 Koo Bohnchang、消えゆくものをつなぎとめる写真 7月に私たちが書いたあの写真家が、今度は彫刻と向き合う。包帯と糸、古びた石けんと朝鮮白磁を撮ってきた写真の世界は、別の記事にまとめてある。→ RELATED · 単独記事 マーティン・パー〈We Are Martin Parr〉、10月18日までソウル市立写真美術館 7月に始まった回顧展が9月も続く。無料。展示の規模と主なシリーズは単独記事にまとめておいた。→

9月、大邱で

2026大邱写真ビエンナーレ特別展〈DAC EP 2026〉のポスター。
2026大邱写真ビエンナーレ特別展〈DAC EP 2026:わたしたちが光の速さで進めないなら〉。大邱文化芸術会館 第11展示室、9.11 – 11.1。

2026大邱写真ビエンナーレ特別展
大邱文化芸術会館 美術館 第6〜12展示室。9.11 – 11.1。
今年は本体のビエンナーレがない。第11回は2027年10月に予定されており、芸術監督にはアートスペース・ルモス代表の Seok Jae-hyun が去る8月に選ばれた。その空白を3つの特別展が埋める。

〈赤い旗、星となりて:大邱写真のアヴァンギャルドとその後〉(붉은 깃발 별이 되어)は第6〜10展示室。展示名は Yang Seong-cheol の連作から借りている。政治とイデオロギーに閉じ込められていた「レッド」を、芸術的な情熱と存在論的な解放の色に変えてみせた写真家だ。その実験精神を根に据え、Seo Jin-eun・Hong Jun-ho・Jang Yong-geun・Woo Chang-won の4人の仕事を一つの空間に編む。これまでの大邱写真史シリーズは、資料を集めて研究するアーカイブに近かった。今回はその遺産を、同時代と正面から交差させる。

〈DAC EP 2026:わたしたちが光の速さで進めないなら〉(우리가 빛의 속도로 갈 수 없다면)は第11展示室。公募で選ばれた新進作家 Park Ga-hyeon・Cho Woo-sung・Cho Hyun-sang・Tunari の4人が、光と時間、記憶と物質、デジタル環境をそれぞれのやり方で扱う。4つの独立した軌道が、一つの展示の中で交差する構成。

3つ目の特別展〈大邱写真、時をつなぐ〉(대구 사진, 시간을 잇다)は名前だけが公開され、詳細はまだ上がっていない。

「写真の首都」を自任してきた都市が、自らの歴史に正面から向き合う展示である。こういう場はめったにない。

ピョートル・ズヴィエルスキ〈SOLID MAZE 堅固な迷路〉の展示ポスター。
ピョートル・ズヴィエルスキ〈SOLID MAZE 堅固な迷路〉。アートスペース・ルモス、8.28 – 10.24。

ピョートル・ズヴィエルスキ(Piotr Zwierski)、〈SOLID MAZE 堅固な迷路〉
アートスペース・ルモス(아트스페이스 루모스)。8.28 – 10.24。
先月 Lee Jae-gap の〈角〉(모서리)が掛かっていたその場所に、ポーランドの写真家の個展が入った。10月末までなので、大邱でいちばん余裕のある展示だ。9月11日以降に行けば、ビエンナーレ特別展と同じ日に回れる。2027年ビエンナーレの芸術監督が率いるギャラリーなので、大邱写真の次の方向を先取りするつもりで立ち寄ってもいい。

9月、大田で

第3回大田フォトフェスティバル〈労働〉のポスター。
第3回大田フォトフェスティバル〈労働〉。大田芸術家の家ほか市内10か所の展示場、9.9 – 9.20。

第3回大田フォトフェスティバル、〈労働〉(노동)
大田芸術家の家(テーマ展)ほか大田市内10か所の展示場。9.9(水)– 9.20(日)。
テーマは「労働」の一語。世界10か国から108人が参加し、テーマ展だけで16人が並ぶ。開幕式は9月12日土曜の午後4時、大田芸術家の家3階の中庭。

注目したいのは2日分のプログラムだ。12日午前11時のパブリックトークは「グローバルサウスと労働」を扱い、Nobuo Takamori が基調講演を務める。13日の日曜にはアーティストトークが2つ続く。午後2時に Yang Seung-woo の〈ヤクザ〉(야꾸자)、午後3時に Lee Kyung-woo の〈赤外線の世界〉(적외선의 세계)。 ヤクザの共同体を長くモノクロフィルムで記録してきた写真家と、目に見えない波長をフィルムに定着させる仕事。1日で両方を聞ける。

一つ注意。大田ギャラリーは9月17日に先に閉まる。ギャラリー・タンは9月30日まで続く。

9月、仁川で

2026仁川国際現代写真展〈明晰夢:都市が夢見る権利〉のポスター。
2026仁川国際現代写真展〈明晰夢:都市が夢見る権利〉。仁川の3地域・5展示館、9.25 – 10.1。無料。

2026仁川国際現代写真展、〈明晰夢:都市が夢見る権利〉(자각몽: 도시의 꿈꿀 권리)
仁川の3地域・5展示館。9.25(金)– 10.1(木)。午前10時 – 午後6時。無料。主催 韓国視覚芸術文化研究所。
産業化と開港の記憶が残るマンソク埠頭(만석부두)、いまの文化の中心である九月洞、未来都市を自任する松島。3つの場所を一つの物語でつなぐ。

今回の展示の重心はクロード・カーアン(Claude Cahun)だ。イギリス・ジャージー島のジャージー・ヘリテージの後援で、代表作が仁川にやってくる。1894年に生まれ1954年に亡くなったこのフランスの作家は、ゼラチンシルバーの時代にすでに、性別と自己の境界を自分の顔で実験していた。〈I am in training, don't kiss me〉(1927)のような自画像が、100年後になってようやくきちんと読まれ始めた人である。

九月洞の仁川文化芸術会館 中央展示室では国際作家展と仁川レジェンド展(故 Kim Yong-su)が、同じ建物のミチュホル展示室では現代芸術写真学会の企画特別展〈UNPAST:記憶の地形〉(기억의 지형들)が開かれる。Lee Pil の企画で、Sung Neung-kyung・Lee Jae-gap・Byun Soon-cheol・Yoon Jeong-mee ら11人。松島の仁川グローバルキャンパスでは仁川の作家たちを、マンソク埠頭のクロケットハウスではトルコ İFSAK の作家26人を見せる。

7日間だ。9月25日金曜に開いて10月1日木曜に閉まる。関連の学術セミナーと開幕行事は28日月曜の午後、仁川文化芸術会館 大会議室で。

9月、安東で

〈Magnum Between Pages 1943–2026〉の展示ポスター。
〈Magnum Between Pages 1943–2026〉。安東文化芸術の殿堂、8.14 – 10.11。

〈Magnum Between Pages 1943–2026〉
安東文化芸術の殿堂(안동문화예술의전당)。8.14 – 10.11。
安東文化芸術の殿堂とミュージアム・ハンミが共同で主管し、ミュージアム・ハンミとマグナム・フォトが共同で企画した。韓仏国交樹立140周年の記念展である。昨年ミュージアム・ハンミ三清で開かれた〈フォトブックの中のマグナム〉(포토북 속의 매그넘)を再構成した。

マグナムの代表的なフォトブック90冊あまりと、オリジナルプリント130点あまりが並ぶが、本当の見どころはその隣にある。ダミーブックとプランシートが、オリジナルプリントと一緒に掛けられる。 写真家が撮ったイメージがどんな順に並べられ、どう編集・デザインされて1冊の本になるのか、その途中の過程をまるごと見せてくれる。写真集をつくってみたい人にとっては、ここが今年の展示だ。

回り方のメモ

ソウルは9月の第1週で分かれる。ネモギャラリーとノドゥルギャラリーが9月2日の同じ日に閉まり、ハンビョグォン美術館は4日に開いて10日に閉まる。ミュージアム・ハンミ三清は1日に2つを同時に開く。三清本館の2つの展示に三清別館のユルズマン・プレビューまで、一つの建物群で3つなので半日あれば足りる。ここから PS CENTER(中区)までつなげれば1日が埋まる。

金浦は9月11日以降。三清別館のプレビューが30日に閉まるので、その前に三清と金浦を同じ日に回るのがいちばん充実する。

大邱は9月11日に特別展3つが一斉に開く。ルモスまで加えれば1日。11月1日まであるので急ぐことはない。

大田は12日間しかないうえ、大田ギャラリーが17日に先に閉まる。アーティストトークが目当てなら、13日の日曜が正解だ。

仁川は7日間。3つの地域に散らばっているので、1日で全部見るのは難しい。九月洞を先に押さえ、余裕があれば松島とマンソク埠頭へ。

安東は10月11日までなのでゆとりがある。三清と同じ企画チームがつくった展示なので、三清を先に見てから安東へ行くと文脈がつながる。

そして今月は Koo Bohnchang に二度会うことになる。PS CENTER では彫刻家と向き合う2人のうちの1人として、ミュージアム・ハンミでは33人のうちの1人として。同じ人がまったく違う大きさで置かれた二つの場所を見比べるのも楽しい。

リストを見直すと、今月はすべて「渡し方」の話である。引き伸ばし機6台を太平洋の向こうから運んでくる方法、地域の写真史の根を今日の作家たちにつなぐ方法、何枚もの写真を1冊の本に綴じる方法。残すところで止まらず、次の人の手に握らせるところまでが、9月のリストだ。