裸で野原を駆ける人たち、宙に跳び上がったまま止まった友人たち。2000年代半ば以降の「青春」の写真を思い浮かべると、まずライアン・マッギンレー(Ryan McGinley)の場面が重なる。その彼が今夏ニューヨークで開いた個展「Night Shift」は、あの昼の写真とはかけ離れている。夜9時から朝5時までのあいだに、ニューヨークの5つの区を撮った。

ニュージャージーの末っ子

マッギンレーは1977年10月17日、ニュージャージー州ラムジーで8人きょうだいの末っ子として生まれた。パーソンズ美術大学でグラフィックデザインと絵画、詩を学び、2000年に卒業した。写真を撮り始めたのは1998年ごろだ。最初にカメラを向けたのは、ニューヨークで一緒につるんでいた友人たちだった。

テープで貼った作品集、25歳のホイットニー

名前が知られる前、彼は写真集を自分で作った。タイトルはバンド、ザ・フーの映画から取った「The Kids Are Alright」。インクジェットで出力した写真を両面テープで貼って綴じた手作りの本だった。卒業を控えたころ、ソーホーの空きスペース(420 West Broadway)で最初の展示を開いてその本を売り、残った本はギャラリーや雑誌社、そして彼が好きだった作家たちに自分で送った。

そのうちの一冊が、ホイットニー美術館の写真キュレーター、シルヴィア・ウルフのもとに届いた。ウルフはその本を見て展覧会を組んだ。2003年2月1日から5月18日まで開かれた同名の個展「The Kids Are Alright」である。彼は当時25歳で、ホイットニーで個展を開いた最も若い作家のひとりになった。同じ年に『American Photo』は彼をフォトグラファー・オブ・ザ・イヤーに選び、2007年には国際写真センター(ICP)が若手写真家賞を贈った。

ポケットの中のヤシカT4

そのころの写真はほとんどヤシカT4で撮った。カール・ツァイスのレンズを付けた35mmの自動コンパクトカメラだ。彼がこのカメラを知ったのはスケートボード誌『Big Brother』だった。彼はこの雑誌を当時の自分のバイブルだったと語っており、そこに載った写真家アール・パーカーの文章がT4を持ち上げているのを読んで一台買った。

T4を選んだいちばんの理由は大きさだった。ポケットに入ったのだ。1999年から2003年まで、彼はほとんど毎晩外に出かけ、ポケットにフィルムを10本入れて持ち歩き、目の前で起きることを撮った。バーではISO 1600のフィルムと蛍光灯の光だけで撮り、セルフタイマーで自分自身も撮った。生活防水だったので、水しぶきがかかる場所でも取り出せた。彼は当時の写真のほとんどを記録に近いものだと言う。場面を作り込むより、壁にとまったハエのように見守っていたというのだ。

このカメラはその後も彼の鞄に残った。2012年に写真集を出したときに使ったカメラとして、彼はライカR8、キヤノン5DとともにヤシカT4を挙げている。このカメラがどんなカメラなのかは「ヤシカT4、ポケットに入るカール・ツァイス」に別にまとめた。

毎年夏の3か月

マッギンレーといえばロードトリップだ。2005年、マイク・ミルズ監督の映画の撮影現場から戻ると、彼は自分で撮影旅行を組んだ。10人ほどの友人とモデルを乗せ、3か月かけてアメリカを横断した。それから毎年夏に同じ旅に出た。計画は1月から立てた。まず撮りたい場面をひとつ決め、その場面に合わせて道筋を組んだ。

ロードトリップからは撮り方が変わった。決めておいた場面に、モデルの動きとその日の偶然を重ねた。だから写真の中の体は、いつも動いている途中にある。

2024年に出た『Yearbook』(Rizzoli)は少し趣が違う。友人や仲間をスタジオで撮ったヌードの肖像10年分をまとめた一冊だ。おどけていながら、感情がそのまま表れた顔が並ぶ。

『Whistle for the Wind』とシガー・ロス

ロードトリップ時代の写真を一冊にまとめたのが、2012年にRizzoliから出た『Whistle for the Wind』だ。彼の仕事を初めて大きくまとめた240ページの作品集で、作家のクリス・クラウス、批評家のジョン・ケルシー、映画監督のガス・ヴァン・サントが文章を寄せた。毎年夏に友人たちと路上で過ごした日々、野原や湖を裸で駆け回る二十代の若者たちがこの本に収められている。

曇り空の下、裸の人物が枯れた草原を走っている。

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「Running Field」(2007)。裸の人物が枯れた草原を走る。Ryan McGinley
山を背にした草原の上で、裸の人物が手足を伸ばして宙に浮いている。

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「Ann (Slingshot)」(2007)。裸の人物が草原の上で宙に浮く。Ryan McGinley

韓国でマッギンレーが広く知られるようになったのも、この時期の写真のおかげだ。2013年11月から翌年2月まで、国内初の個展「青春、その輝かしい記録」(大林美術館、ソウル)が開かれた。初期のニューヨーク時代の写真からロードトリップ連作、動物と一緒に撮った連作、スタジオでのモノクロの肖像まで並んだ。一部の作品の露出のため、未成年者は保護者同伴でなければ観覧できなかった。さらに『Whistle for the Wind』の韓国語版『ライアン・マッギンレー・コレクション 風を呼ぶ口笛』(Willbook、2016年)も出ている。

彼の写真を美術館の外で先に見た人も多い。アイスランドのバンド、シガー・ロスが2008年に出したアルバム「Með suð í eyrum við spilum endalaust」のジャケットはマッギンレーの写真だ。若者たちが裸で道を渡って駆けていく後ろ姿である。彼の展覧会「I Know Where the Summer Goes」を告知するチラシの写真が、ちょうどアルバムのイメージを考えていたボーカルのヨンシーの目に留まったという。マッギンレーはその数年前にヨンシーを撮影し、バンドと縁ができていた。

シガー・ロスのアルバムカバーで、4人の裸の人物が明るい空の下で道路へ向かって走っている。

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『Með suð í eyrum við spilum endalaust』(2008)アルバムカバー。4人の裸の人物が道路へ向かって走る。Photography by Ryan McGinley / Sigur Rós, 2008

「Night Shift」、夜のニューヨーク

「Night Shift」は6月13日から8月8日まで、ニューヨーク・ソーホーのジェフリー・ダイチ(Jeffrey Deitch, 18 Wooster Street)で開かれた。ニューヨークでの個展はおよそ10年ぶりだ。写真は2025年の1年間、夜9時から朝5時までのあいだに撮った。撮影は通りが最も静かな日曜、月曜、火曜の夜に行った。

撮り方も変えた。シャッターを遅くし、望遠レンズを使い、ワイヤレスフラッシュで人にだけ光を当てた。彼はモデルから1、2ブロック離れた場所に立ち、電話や無線で動きを指示した。フラッシュを浴びた体はくっきりと残り、その背後の街は長い露光のなかで光の線になる。体と街がひとつの画面で混ざり合う。

夜のベセスダ噴水と天使像の周りに、3人のヌードの人物がいる。

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「Bethesda Fountain, Central Park」(2026)。天使像の下で水が流れる真夜中の噴水。Ryan McGinley
赤く照らされたK Bridgeの前に、2人のヌードの人物が重なって見える。

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「K Bridge, Queens」(2026)。赤く光る橋脚と動く2人。Ryan McGinley

撮影地はニューヨークの人なら誰でも知っている場所だ。ブルックリンとクイーンズを結ぶコシチュシュコ橋(K Bridge)、フォート・グリーン公園、リンカーン・センター、セントラルパークのベセスダの噴水の天使像、そしてコニーアイランドのジェットコースター、サイクロン。昼なら人であふれる場所が、真夜中にはひとりの体と光だけが残る舞台になる。

コニーアイランドのサイクロンの前を、ヌードの人物が腕を伸ばして走っている。

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「Coney Island Cyclone, Brooklyn」(2026)。サイクロンの前を横切る人物と光の軌跡。Ryan McGinley

昼の野原を駆ける友人たちの写真と真夜中のニューヨークは、どれほど違うのだろうか。どちらも体が動く瞬間をとらえている点は同じだ。ただ今回は、その舞台が彼の長く暮らしてきた街である。20年以上青春を撮ってきた写真家が、いま自分の暮らす街を見つめ直している。

情報

展覧会の紹介はジェフリー・ダイチの展覧会ページで見られる。ギャラリーは展覧会に合わせて図録も出した。