今年のライカ・オスカー・バルナック賞(Leica Oskar Barnack Award, LOBA)は、ロシアの写真家ダミール・ファイズリン(Damir Faizulin)に贈られた。受賞作は、北コーカサスのダゲスタンの山間部を撮ったシリーズ「Preserving Nature as Preserving Ourselves」だ。ライカは10月8日、ドイツのヴェッツラーで受賞者を発表した。受賞作の話に入る前に、この賞がどんな賞なのかを押さえておく。賞の名前そのものが、35mm写真の出発点だからだ。

映画フィルムの1コマを2倍に

オスカー・バルナック(Oskar Barnack, 1879–1936)は、ドイツ・ヴェッツラーの光学メーカー、エルンスト・ライツ社で働いた技術者である。1911年に精密機械工として入社し、まもなく映画・計測技術の開発責任者となった。彼は当時映画に使われていた35mmフィルムの18×24mmの1コマを横に2倍に広げ、24×36mmで撮る小さなカメラを構想した。1914年3月の社内記録には、「リリプット(Liliput)」という名でこの試作機が完成したと記されている。いまウル・ライカ(Ur-Leica)と呼ばれているカメラだ。

第一次世界大戦で量産は先送りになった。1925年のライプツィヒ春の見本市で最初の量産型ライカIが公開され、1930年までに5万7,000台ほどがつくられた。今日「フルサイズ」と呼ぶ24×36mm判はここから始まった。私たちがフィルムカメラに入れる135フィルムの1コマも、この大きさである。

人と環境の関係を問う賞

LOBAは、バルナックの生誕100周年にあたる1979年を機に設けられ、1980年から受賞者を出してきた。テーマは当初から一つだけだ。人とその人が暮らす環境の関係を、優れたシリーズで捉えた写真家に贈られる。1枚の写真ではなくシリーズを見るという点が、この賞の性格を決めている。

現在は公募ではなく推薦制で運営されている。世界各地の写真専門家が作家を推薦し、審査員団がそのなかから選ぶ。今年は130人あまりが400件超の作品を推薦し、8月に最終候補12人が発表された。公式の受賞者リストには、2009年から新人賞(Newcomer)の受賞者も並んでいる。今年はそこに、女性写真家のための助成が初めて加わった。

セバスチャン・サルガドからアレハンドロ・セガラまで

公式リストをさかのぼると、ドキュメンタリー写真史でなじみのある名前が続く。セバスチャン・サルガドは1985年と1992年の2度受賞した。クリス・スティール=パーキンス(1988)、ユージン・リチャーズ(1993)、ジャンニ・ベレンゴ・ガルディン(1995)、ラリー・トーウェル(1996)もこの賞を経ている。2010年代にはヤン・グラルップ(2011)、JH・エングストローム(2015)が名を連ねた。

昨年の受賞者アレハンドロ・セガラは、この賞の歴史で初めての例となった。彼は2014年に新人賞を受け、11年後の2025年に「The Two Walls」で本賞まで手にした。新人賞から本賞へ進んだのは彼が初めてである。2024年の本賞はダヴィデ・モンテレオーネの「Critical Minerals」だった。

2026年の受賞者、33歳までリングに立っていた

今年の本賞には、賞金4万ユーロと1万ユーロ相当のライカ機材が贈られる。

ファイズリンの経歴は、写真賞の受賞者としては珍しい。1986年ウズベキスタン生まれで、ソ連が崩壊したあと家族とともにロシアへ移った。33歳になるまで武道家として、そしてプロレスラーとして生きた。写真を始めたのはその後だ。カリーニングラードでドキュメンタリー写真家ドミトリー・マルコフのワークショップに通って学んだ。

ダゲスタンを初めて訪れたのは2020年、旅行者としてだった。翌年には住まいごとそこへ移した。この土地はまもなく急速に変わるだろうと感じたことが、撮り始めた理由だったと彼は語っている。

山の稜線を背に、赤い服を着た女性が枯れた茎を積んだロバの手綱を引いている。
「Preserving Nature as Preserving Ourselves」。山道で荷物を積んだロバを引く女性。© Damir Faizulin/LOBA 2026

観光と新しい建物、置き去りにされる古いもの

「Preserving Nature as Preserving Ourselves」は、ダゲスタンの山間の村が変わっていく過程を追う。観光客が増え、彼らを迎える新しい建物が建つ。そのあいだに古い家や風習は手入れされないまま放っておかれる。写真には、自然が変わる姿とともに、伝統や文化的なアイデンティティが変わっていく姿が収められている。

とはいえ、告発だけのシリーズではない。ファイズリンは変わっていくものを記録しながらも、その土地の美しさを消した画面はつくらない。人と風景のあいだの均衡が崩れる瞬間と、まだ持ちこたえている瞬間が、同じシリーズの中に並んでいる。タイトルが語るのもその均衡だ。自然を守ることは、私たち自身を守ることだというのである。

コンクリートの骨組みが見える建物の前で子どもたちが水遊びをし、一人が木の板から水に飛び込んでいる。
「Preserving Nature as Preserving Ourselves」。建物の骨組みの前で子どもたちが水遊びをしている。 © Damir Faizulin/LOBA 2026
黒い服を着た四人が斜面の見晴らしのよい場所に座り、向かいの丘に残る石造りの家々を眺めている。
「Preserving Nature as Preserving Ourselves」。ガムストルの斜面に残る石造りの家々を眺めている。 © Damir Faizulin/LOBA 2026

新人賞と初のLOBA Women Grant

新人賞(Newcomer)は、アメリカの写真家ライラ・アンマリー・スティーブンス(Laila AnnMarie Stevens)が受賞した。受賞作「Clayton Sisterhood Project」は、ニューヨークのクイーンズを離れ、ノースカロライナ州クレイトンの一つの土地にともに家を構えた二人の姉と四人の甥・姪を撮ったモノクロのシリーズである。スティーブンスは20歳でニューヨーク・タイムズの仕事を始め、ニューヨークのファッション工科大学(FIT)で写真とメディアを専攻した。賞金1万ユーロとLeica Q3が贈られる。

今年新設されたLOBA Women Grantは、イタリアの写真家ヴァレンティーナ・シニス(Valentina Sinis)に贈られた。イラク・クルディスタンで続けている作品で、故郷を離れて武装抵抗に加わったクルド人女性たちを扱う。1万ユーロとLeica Q3、さらに作品の完成を後押しする専門的な支援が与えられる。

白黒写真。髪を高くまとめ、首飾りと耳飾りを着けた女性が顎に手を添えて座っている。後ろにも人が座っている。
「Clayton Sisterhood Project」。顎に手を添えて座る女性。© Laila AnnMarie Stevens/LOBA 2026
川辺の岩に二人が背を向けて並んで座っている。対岸には木々と山が見える。
「The Last Butterflies」。川辺の岩に並んで座る二人。© Valentina Sinis/LOBA Women Grant 2026

1980年から同じ問いを投げかけてきた賞に、今年はどんな答えが返ってきたのだろうか。元レスラーが見知らぬ土地に移り住み、そこが変わっていく姿をそばで見届けた。バルナックが小さなカメラで開いた道の上で、今年の受賞作は、その土地に実際に暮らした人の答えである。

情報

今年の受賞作と最終候補の作品はLOBA公式サイトで、1980年以降の受賞者は歴代受賞者リストで見ることができる。