「ライカがフィルムを作った。この一文を、書きながら何度も見返しました。」
2025年はライカIの誕生からちょうど100年の年でした。ライカはこの年を素通りしませんでした。オスカー・バルナックが残した「小さなネガ、大きな写真」をもう一度持ち出して、自社の名を冠した初めての35mmフィルムを出したのです。名前はMonopan 50。単色を意味する「モノ」に、デジタルのモノクロ専用機「モノクローム」をさりげなく重ねたネーミングです。箱にはライツ・ヴェッツラー(Ernst Leitz Wetzlar)時代の古いロゴと、「KLEINFILM(小型フィルム)」というドイツ語まで刻まれています。フィルム1本にここまでやるのかと思いつつ、棚に並んだ姿を見ると、すぐに納得してしまいます。
でも、本当にライカが作ったの?
ひとつ押さえておきたいことがあります。ライカはフィルムを自社で作る会社ではありません。Monopan 50の中身はアグファ・アビフォト・パン(Agfa Aviphot Pan)系です。もともとベルギーで航空撮影用に使われていた、赤色感度がとびきり広い原反。そしてこの原反、どこかで見覚えがあります。アドックス(ADOX)HR-50がまさに同じルーツから生まれています。
2本のパトローネを並べると、あまりにもよく似ています。「ガワだけライカなんじゃないの?」という声が発売直後から出たのもそのせいです。かといって、まったく同じフィルムだと言い切るのも難しい。同じ原反を使いつつ、ライカ側の要望に合わせて仕上げの薬品を調整したのだろうという話があり、実際にMonopan 50はHR-50よりハイライトが少し早く飛ぶという使用レポートもあります。同じ親から生まれたけれど、性格は少し違う兄弟。そのくらいに考えておけば間違いありません。
撮ってみると
航空用の原反という出自が、写真にそのまま表れます。ISO 50という低い感度、最大280 line pairs/mmに達する解像力、そして目には見えない780nmの近赤外まで拾う赤色感度。この3つが重なると、かなり独特なモノクロになります。
まず、粒子がほとんど見えません。超微粒子なので大きく伸ばしても面はなめらかで、ディテールはぎっしり残ります。街や建築、風景のように線の多い場面では、特に解像力が際立ちます。
コントラストは強めです。階調は広く続いたあと、明るい側でぷつりと白く切れます。やわらかくほどくフィルムではなく、くっきり硬く結ぶフィルムです。そこに広い赤色・近赤外感度が加わって、空はぐっと暗く沈み、霜や雲、白い壁のような明るいものは銀色に浮かびます。レッドフィルターを付けると、その差はさらに開きます。
そのかわり遅い。ISO 50は光を正直に求めてきます。曇りの日や室内なら三脚の出番ですし、晴れた日なら明るいレンズを思いきり開けても大丈夫です。
遅いからこそ、いいところ
その低い感度が、損ばかりというわけでもありません。昼間でも絞りを開放にできるので、浅い被写界深度で人物や静物を撮るにはむしろ楽です。コントラストの強いフィルムなのに、やわらかい光の下では肌がなめらかに乗ります。
現像は難しくない
専用の薬品などは要りません。たいていのモノクロ現像液で大丈夫ですし、自宅で現像しても問題ありません。データに迷ったら、ルーツが同じHR-50の数値をそのまま出発点にすればいい。Massive Dev Chartに載っているHR-50の時間、たとえばロジナール(Rodinal)1+25、22°Cで10分のセミスタンドといったレシピがよい目安になります。ひとつだけ。ハイライトが飛びやすいフィルムなので、明るい部分に露出を合わせ、現像を引っぱりすぎないほうが安全です。
で、買う価値はある?
冷静に考えれば、答えはもう出ています。このルックだけが目的なら、アドックスHR-50やローライ(Rollei)系のアビフォトをずっと安く買って、同じ絵が得られます。Monopan 50は、いま出ている135のモノクロフィルムの中でも高い部類です。1本10ドルです。
それでもこのフィルムに手が伸びる理由があります。ライカI誕生100周年という物語、昔の雰囲気で仕立てた4種類のパッケージ、そしてライカで撮るためにライカのフィルムを装填するという、その完結感。フィルムはどのみち手に取って使う物で、物によってはスペック表の外で値段が決まります。Monopan 50はいちばん安いアビフォトではありませんが、いちばんライカらしいアビフォトであることは確かです。その一行に心が動くなら、もう迷うことはありません。
もうひとつ付け加えるなら、ライカがフィルムをふたたび「売れる物」と見たこと自体が、フィルムを使う側としてはうれしい。大きな名前がひとつ、棚に新しい場所を作りました。ガワであれ中身であれ、その場所は残ります。