フィルムは入れないし、写真も撮りません。それなのに、撮影現場でいちばん先に使われるカメラです。

クリストファー・ノーランの撮影現場の写真を見ていると、妙なものがひとつ目に留まります。巨大な映画用カメラが並ぶなかで、監督本人が目に当てているのは黒い中判フィルムカメラなんです。よく見るとボディにIMAXのロゴが付いています。ペンタックス67です。

300ポンドの横にある小さなカメラ

IMAX Keighleyカメラの製品写真。カーボン素材のボディにIMAX KEIGHLEYの刻印があり、横にビューファインダーが付いている。
IMAXが《オデュッセイア》のためにつくった新型カメラKeighley。画像 ⓒ IMAX Corporation

この7月に公開された《オデュッセイア》は、全編をIMAXフィルムで撮った初めての長編です。そのためにIMAXは新しいカメラをつくりました。名前はKeighley。半世紀以上にわたってIMAXの画質を支えてきたデイヴィッド・キーリーと、妻パトリシアの名前から取っています。《オッペンハイマー》のあと2年かけて開発し、モーター音を抑えたことでセリフの同時録音ができるようになりました。

カメラ本体だけなら、それほど重くはありません。アクセサリーを付け、1000フィートのフィルムまで入れて25kgほど。問題はセリフのある場面です。モーター音を完全に消すには防音ブリンプに入れる必要があり、この箱ひとつが240ポンド。全部合わせると300ポンド、約136kgになります。補強鉄板を敷いたドリーに載せなければならず、場所を移すには6人以上の人手がかかります。

でも監督は、撮影の前にフレームを見なければなりません。このアングルでいいのか、このレンズでいいのか、人物は画面のどこに置かれるのか。そのたびに136kgのリグを引きずって回るわけにはいきませんよね。

なぜよりによってペンタックス67なのか

ノーマルのペンタックス67の製品写真。ペンタプリズムにPENTAXのロゴがあり、Takumar 105mmレンズが付いている。
改造される前のペンタックス67。1969年に登場した日本製の中判一眼レフです。画像提供 5ft.mag

理由は比率です。ペンタックス67のネガは56×70mm、比率にすると約1.25:1。IMAX 15/70フィルムの画面比は1.43:1です。まったく同じではありませんが、市販のどのスチルカメラよりもIMAXの正方形に近い画面です。3:2の横長な35mmカメラでは、IMAXのフレームは見当がつきません。

IMAXが手を加えたところ

撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマが、改造されたペンタックス67のボディを両手で持っている。シャッターを取り外した跡とカスタムマウントが見える。
撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマが手にした改造ボディ。シャッターを取り外した跡とカスタムマウントがそのまま見えます。画像 ⓒ Universal Pictures · Syncopy(画質補正)

IMAXはこのカメラをそのままでは使いませんでした。写真を撮る必要がないのでフォーカルプレーンシャッターのアセンブリを取り外し、代わりにカスタムのフランジアダプターを付けました。このアダプターのおかげで、監督と撮影監督は実際の撮影に使うシネレンズやIMAXレンズを、この小さなボディにそのまま付けられます。

改造されたペンタックス67のクローズアップ。ボディにIMAXの刻印があり、大型のシネレンズが付いている。
ボディのIMAXの刻印と、付けられたシネレンズ。後ろに見えるケースにもIMAX VIEWFINDERと書かれています。画像 ⓒ Universal Pictures · Syncopy(画質補正)

フォーカシングスクリーンには15/70 IMAXのフレームラインを刻みました。ファインダーをのぞくと、実際のIMAXの画面がどこで切れるかがそのまま見えます。フィルムを入れないカメラ、写真を撮らないカメラ。ただ見るためだけのカメラです。

現場ではこう使う

《オデュッセイア》のセット。ノーランが俳優の前でファインダーをのぞき込んでおり、右側にIMAXの機材ケースが置かれている。
《オデュッセイア》のセット。俳優の前ですぐにフレームを確かめます。右側にIMAXのケースが見えます。画像 ⓒ Universal Pictures · Syncopy

使い方はシンプルです。セットの準備ができると、監督がカメラを持って俳優の前へ行きます。目に当て、体を動かして角度を探し、レンズを付け替えてみる。ここだと思ったら、そこでようやく重い本番用カメラをその場所へ移します。

撮影監督ホイテマが改造ペンタックスを持ってノーランと話している。周りに撮影スタッフと機材が並んでいる。
ホイテマとノーラン。ひとつのファインダーを挟んでアングルを相談します。画像 ⓒ Universal Pictures · Syncopy
ホイテマが改造ペンタックスに付けたレンズを操作し、ノーランが横で見守っている。
レンズを付け替えているところ。実際の撮影で使うレンズをそのまま付けて見るので、画角がぴったり合います。画像 ⓒ Universal Pictures · Syncopy

監督と撮影監督が同じファインダーを代わる代わるのぞく場面がよく出てきます。モニターの前に集まって画面を指さすのとは、違う種類の会話です。一人が見たものを、もう一人が同じ場所で、同じ目の高さで確かめるんです。

ノーランの発明ではない

砂浜に腹ばいになったノーランが、カメラを目に当てて俳優に向けている。横に撮影スタッフと機材がある。
《ダンケルク》の現場。砂に腹ばいになり、俳優の目の高さでフレームを決めます。画像 ⓒ Universal Pictures · Syncopy

このやり方はノーランから始まったものではありません。IMAXの撮影監督ジェームズ・ネイハウス(ASC)によると、IMAXマウントを付けたペンタックス6×7をディレクターズ・ビューファインダーとして使うのは、業界では昔からの慣習だそうです。改造する前は、実際にフィルムを入れてスチルも一緒に撮っていたこともあったといいます。

最新技術ではなく、何十年も受け継がれてきた現場のやり方だということです。デジタルモニターがどれだけ良くなっても、目に当ててのぞく光学ファインダーの代わりにはならない瞬間があるんですね。

目に当てて見るということ

ノーランが指で方向を示し、マット・デイモンがその方向を見ている。二人のあいだに改造されたペンタックス67がある。
ノーランとマット・デイモン(オデュッセウス役)。二人のあいだに、あのカメラがあります。画像 ⓒ Universal Pictures · Syncopy

デジタル時代の撮影現場にはモニターがあふれています。監督は椅子に座って画面を見る。ところが、世界でいちばん巨大なフォーマットを扱う監督が、いざフレームを決めるときには半世紀前のフィルムカメラを目に当てるんです。

カメラを顔に付け、体を動かしてアングルを探すこと。フィルム写真を撮る人ならおなじみの動作です。ノーランが手にしたあのペンタックスにはフィルムさえ入っていませんが、彼がしていることは、私たちが週末にカメラを持って出かけてすることと同じです。目に当て、フレームを決め、ここだと思えるまで待つこと。

映画《オデュッセイア》のポスター。
《オデュッセイア》(2026)。全編をIMAXフィルムで撮影した初めての長編です。画像 ⓒ Universal Pictures

136kgのカメラで撮る映画のフレームが、手持ちのフィルムカメラひとつで決まる。この順番が、いつまでも心に残ります。