《PERFECT DAYS》を観たあと、なぜか1台のカメラがいつまでも心に残ります。
ヴィム・ヴェンダースの《PERFECT DAYS》(2023)。東京で公衆トイレの清掃をしている平山(役所広司)は、デジタルとはほとんど縁のない暮らしを送っています。カセットテープで音楽を聴き、寝る前には文庫本を読み、お昼になるといつも同じ公園のベンチに座ってカメラを構える。そのカメラがオリンパス μ です。役所広司はこの物静かな男の役で、2023年のカンヌ国際映画祭男優賞を受賞しました。
μ が1台あれば十分

平山の μ は、たいした機材ではありません。手のひらに収まる小さなコンパクトフィルムカメラ。35mmの単焦点レンズがひとつで、絞りはf3.5。カバーをスライドすれば電源が入り、だいたい狙って押せば写ります。絞りがどう、シャッターがどうと考える必要はありません。映画はまさにその単純さゆえに、このカメラを選びました。設定にとらわれないから、目の前の光だけに集中できる。いい写真は機材から生まれるわけではないことを、この男は毎日証明しています。
木漏れ日、今日の光は今日だけ

彼が撮るのは、いつも同じもの。木漏れ日です。木の葉のあいだからこぼれる日の光と、その揺れる影。日本語にこういう言葉がちゃんとあること自体、この映画らしいところです。おもしろいのは、毎日同じ木の下の同じベンチで撮っているのに、同じ写真が1枚もないこと。風が違い、雲が違い、葉の角度が違う。木漏れ日はその瞬間にしかなく、二度と訪れません。

だからフィルムなんです。いくらでも撮って消せるのではなく、1コマずつ大切に収めていくメディア。二度とない光には、二度とないやり方がよく似合います。モノクロで撮ったのも、きっと偶然ではないでしょう。色を引けば、光と影だけが残る。木漏れ日の本質だけが。
写真屋さんで待つ時間

デジタルなら、撮ってすぐ背面の液晶で確かめて終わりです。平山はそうしません。撮り終えたフィルムを町の写真屋さんに預け、新しいフィルムを受け取って入れ、数日後にプリントを受け取りに行く。撮る瞬間と見る瞬間のあいだに、時間がある。そのあいだを待つことまでが、彼の写真です。よく撮れたものだけを選んで、箱にきちんと重ねていく最後の整理まで。ファイルフォルダーに溜まっていく画像とは、重みが違います。
今度は今度、今は今

映画にこんなセリフがあります。「今度は今度、今は今。」平山が姪にかける言葉です。彼の写真もまさにそう。完璧な1枚を狙うのではなく、今日の光を今日撮って、明日はまた明日の光を撮る。毎日同じ場所に座る誠実さと、毎日少しずつ違う結果を受け入れる姿勢。フィルム写真を長く撮ってきた人なら、このリズムに覚えがあるはずです。

私たちがフィルムを手放せない理由も、このあたりにあるのだと思います。速く撮って速く消す時代に、1本を大切に巻き上げながら、今日という一日をじっと見つめること。平山の μ が心に残るのは、それが結局カメラの話ではなく、一日に向き合う姿勢の話だからです。次のお昼休みには、あなたもいちど顔を上げてみてください。
