「私たちは、現実をただ『再現』することに疲れてしまったのかもしれません。」

写真はよく、記録の芸術だと言われます。でもファインダーに目を当てた瞬間、私たちは無意識のうちに目の前の風景を編集し、組み立て直しています。もしかすると私たちは、ありのままの現実をコピーしたいのではなく、自分が見た世界の空気を演出したいのかもしれません。

CineStill 800Tは、そんな私たちの欲望にいちばん素直に応えてくれる道具です。このフィルムは生まれからして普通ではありません。ハリウッドの巨匠たちが愛する映画用フィルムKodak Vision3 500Tをもとに、私たちがふだん使う現像所(C-41プロセス)でも現像できるよう手を加えた「変わり種」だからです。そのせいでしょうか。このフィルムをカメラに装填することは、ただの撮影準備ではなく、「自分の今日を映画のワンシーンのように撮る」という宣言のように感じられます。

Base Kodak Vision3 500T(映画用フィルム)
Process C-41(一般の現像所で現像可。レムジェット層を除去)
ISO 800(タングステン光源基準)
Look 夜の赤いハレーション、昼の青い色かぶり、粗いグレイン

やさしくはないけれど、とても寛容なフィルム

シネスティルは、やさしいフィルムではありません。それでいて逆説的に、とても寛容なフィルムでもあります。映画の撮影現場は、たった一度のNGも許したくない真剣勝負の場所です。そこで生まれたこのフィルムは、光を受け止める器が驚くほど大きいのです。

いちばん暗い影に隠れたディテールから、いちばん明るく飛んだハイライトまで、黙って受け止めてくれます。露出を少し失敗しても、その失敗さえ映画的なムードで包んでくれる。そんな頼もしさがあります。

赤いハレーション:欠陥ではなくシグネチャー

CineStill 800Tの作例。CORNER SHOPのネオンサインのまわりににじむ赤いハレーション
「CORNER SHOP」のネオンサインを包む赤い光のにじみ。〈ブレードランナー〉や〈恋する惑星〉の夜が、カメラの中に入ってきます。ⓒ Kim Da-un @sva_photograph

フィルムを守るレムジェット(Remjet)層を思い切ってはがしたところには、ハレーション(Halation)という赤い光のにじみが染み込みます。技術的には欠陥かもしれません。でもネオンサインのまわりを包むその夢のような赤い帯は、私たちの夜を、映画〈ブレードランナー〉や〈恋する惑星〉のワンシーンのように変えてしまいます。

ISO 800:夜を歩く自由

CineStill 800Tの作例。真夜中の庭園で、並んだ街灯がつくる光の帯
真夜中の庭園に並ぶ街灯の光。重い三脚がなくても、800Tは暗い場所を軽やかに写します。ⓒ Jang Ho-kyung @canamez

ISO 800という高い感度は、私たちに夜を歩く自由をくれます。重い三脚を立て、息を止めて撮っていた夜の写真とは違います。街灯が一つ灯るだけの路地でも、さっと流れていく車窓の風景でも、シャッターを切ることができます。そのためらいのないスピード感のおかげで、整えられた風景ではなく、夜の空気と呼吸がいきいきと写った「生きている場面」をとらえられるのです。

タングステンの二面性:夜のぬくもり、昼の冷たさ

CineStill 800Tの作例。あたたかなタングステン照明の下に広がるバーカウンター
グラスとカクテルが並ぶバー。タングステン照明がつくり出した、深い琥珀色の空気。ⓒ Alex Yoon @alexydiary

色もおもしろいんです。タングステン(Tungsten)照明に合わせて設計されたこのフィルムは、夜のぬくもりと、昼の冷たさという二つの顔を持っています。夜の人工照明の下では目で見るよりも鮮やかでクリアな光をとらえますが、反対に真昼の太陽の下では、青いフィルターをかけたように冷たく、見慣れない街の顔を描き出します。

CineStill 800Tの作例。真昼のアンスリウム一輪、葉の青みが深い
真昼のアンスリウム一輪。葉の緑はいつもよりぐっと青く冷たい。800Tが太陽の下で描く、街の顔です。ⓒ Choi Ji-eun @kka_long_jen

グレイン:粗い粒子がつくる物語

CineStill 800Tの作例。青いカーテンとオレンジのスタンドが向き合う客室、粗い粒子が生きている
青いカーテンがいっぱいに広がる客室、その真ん中でまたたくオレンジのスタンド。やわらかな布の上でざわめく粗い粒子が、画面に映画的な密度を加えます。ⓒ LIN ZI-CHUN @waxilaman

粗い粒子感(Grain)さえ、物語になります。なめらかなデジタル画像と違って、このフィルムの粗い粒子は写真に映画的な質感を与えてくれます。きれいすぎて退屈な写真ではなく、粗いけれど密度の高い空気がフレームを満たすのです。

なぜ私たちはこのフィルムを選ぶのか

私たちはなぜ、この扱いにくくて値の張るフィルムを進んで選ぶのでしょう? たぶん私たちは、現実をただ「再現」することに疲れてしまったのかもしれません。かわりに、現実を「解釈」したいのです。シャッターを切るほんの一瞬だけでも、目の前のありふれたコンビニや、さびしいガソリンスタンドが、映画の主人公のいる場所になってほしい。そんな気持ち。それこそが、CineStill 800Tが私たちにくれるいちばん贅沢な価値なのだと思います。

今号をきっかけに、みなさんのカメラに写る日常が、記録を越えて一本のジャンル映画になりますように。

Get Vol.02

9人の写真家が撮った800Tの夜

Alex Yoon、Jang Ho-kyung、LIN ZI-CHUN、Kim Da-un、Choi Ji-eun、Noh Ae-gyeong、Park Soon Yeol、Jang Hyeong-su、Kim Yu-min。Vol.02には、9人の写真家がCineStill 800Tで刻んだ日常が、さらにたっぷり収められています。