「事実は小説より奇なり。」

日本を代表するストリートフォトグラファーShin Noguchiは東京出身で、現在は鎌倉を拠点に約20年、街を撮り続けている写真家だ。日常で出会うごく平凡な、それでいて特別な瞬間を、独特のまなざしでとらえることで知られる。

Noguchiはいつも、マーク・トウェインのこの一言を自らの写真哲学としている。彼にとって写真とは、演出された虚構よりも、実際の暮らしの中で偶然出会う本物の瞬間のほうがはるかに劇的で美しい、という信念から始まるものだ。実際、彼の写真には前もって演出したかと思うほど絶妙なタイミングと構成力が光るが、それはすべて現実に起きた一瞬を正確にとらえた結果である。

地下鉄の窓の外でおどけた顔でふざける人と、疲れ切ってこくりこくりと居眠りする会社員が、1つのフレームの中で出会う。真剣な顔の兵士たちが、子ども向けの遊具越しに偶然額縁のように切り取られることもある。彼の写真の中では、こうして日常と非日常が交差し、不思議なユーモアとアイロニーが流れている。

Shin Noguchiの作品。富士山と、看板の中の富士山が1つのフレームに収まった風景
はるか遠くに本物の富士山、その手前をふさぐ看板の中にもうひとつの富士山。Shin Noguchiのまなざしは、日常に潜む妙な矛盾とユーモアを見つけ出す。

Noguchiは写真に客観的な真実を写そうとする。街で撮るとき、自分の主観的な感情をできるだけ排し、ありのままの瞬間を写すことに集中する。そうして撮られた写真は、見る人誰もが共感できる普遍的な物語を抱いている。だからこそ彼の写真は、日本を越えて世界中の人々に届く。

彼の写真は主にカラーで撮られる。日本ならではの多彩な色をありのままに写すための選択だ。モノクロ写真が主流だった日本のストリート写真界で、Noguchiはカラーによって日本の街の明るく生き生きとした姿を、より実感をもって伝えている。ライカのカメラとフィルムを好んで使うため、彼の写真にはフィルムならではの温かく柔らかな味わいもにじむ。

また、彼はとても慎重で忍耐強い撮り方でも知られる。一日中街を歩いても数枚しか撮らないほど、完璧な瞬間を待つことに時間をかける。隠し撮りやヒップショットのような方法は決して使わず、被写体と直接目を合わせて撮ることを原則にしている。被写体への敬意と配慮がこもった姿勢であり、それが彼の写真に温かな人間味を加えている。

Shin Noguchiとの対話

自己紹介をお願いします。最近どんな場面を好んで撮っているのか、写真を通して伝えたいことは何か、簡単にお聞かせください。

こんにちは。Shin Noguchiです。1976年に東京で生まれ、いまは鎌倉に住んで、鎌倉と東京一帯を中心に活動しているストリートフォトグラファーです。

最近いちばん好んで撮っているのは、私が長く身を置いてきた鎌倉と東京の、ありふれた日常の風景です。「フォトジェニックな場所」で「フォトジェニックな写真」を撮るような、結果が見えている仕事にはまったく興味がありません。「どこに行けばいい写真が撮れるだろう?」といったことも、ほとんど考えません。

写真で伝えたいメッセージはシンプルです。「あなたは決してひとりではない。この社会で懸命に生きるあなたを、誰かが必ず見ている。」

日常の隙間にある非日常の瞬間をとらえることで、「日常」という概念そのものを、あらためて感じてもらいたいのです。誰もがすでに大切な「個人」なのだと気づいてほしいと思っています。

Shin Noguchiの作品。ショーウィンドウに映る通行人と帽子のディスプレイのレイヤー
ピンクのコートの後ろ姿に、帽子のディスプレイが重なる。ショーウィンドウと街、人とマネキンが1つの画面に折り重なる、Shin Noguchiならではのレイヤードコンポジション。

Noguchiさんの写真は温かく、自然に心に届きます。他者を見つめるときのどんな心構えが、写真の中のぬくもりにつながっていると思いますか。

私がシャッターを押すのは、「この場面が必要だ」といった計算からではありません。目の前の光景に何かを「感じた」瞬間に、カメラが動くんです。その根底には「あなたの存在を肯定したい」という気持ちがあります。

被写体の背景や事情をすべて知ることはできません。それでも「いまここにいるあなたは本当に美しい」というメッセージを伝えたい。言葉では伝えられなくても、写真という形でなら届いてほしいと思っています。

結局、写真を撮るという行為は、他者の存在を肯定しながら、同時に自分の存在も肯定していく過程なのだと思います。

ベンチで居眠りする人と広告の中の人物が重なった場面のように、Noguchiさんは思いがけないユーモアやアイロニーをとらえるのが上手だと感じます。こうした場面をどんなまなざしで見ていて、ユーモアやアイロニーが作品にどんな意味を加えると考えていますか。

私はこの美しい瞬間を、もっと多くの人と分かち合いたいんです。「非日常の瞬間は、日常のどこにでも潜んでいる」ということに、みんなが気づいてくれたらと願っています。

マーク・トウェインの「事実は小説より奇なり」という言葉を、写真で証明したい。人々の強さ、ときに優雅でありながらどこか滑稽な姿まで写して、人間と社会が抱える「矛盾」を感じてもらうことが目標です。

こうしたユーモアやアイロニーは、日常の複雑さと豊かさを見せる大切な仕掛けだと考えています。それは批判ではなく、人間らしさへの肯定なのです。

Shin Noguchiの作品。海辺でカメラの前に飛び込んでくる幼い少女
4つのグループの人々が自然に散らばる海辺。その瞬間、カメラの前にひとりの子どもが飛び込んでくる。意図と偶然が完璧に重なった映画のような一枚。その裏話はVol.02で。

Vol.02に続く8つの質問

インタビューはここで終わらない。家族との映画のような瞬間、街で一瞬を待つときの気持ち、デジタルとフィルムの違い、鎌倉と東京を映画のジャンルにたとえるShin Noguchiのまなざしまで。残る8つの質問は、紙の上でゆっくりと広がっていく。

Get Vol.02

残る8つの質問は、紙の上で

Shin Noguchiインタビューの全文と、彼が鎌倉・東京・逗子の海辺から汲み上げた写真が、5ft magazine Vol.02の〈Interview〉の章に収められている。Cinestill 800Tが生んだ映画のような光とともに。