「店長さん、これってラジオですか?」
アリーカメラ(Ally Cameras)のショーケースの前で、お客さんがいちばん興味津々の目で投げかけてくる質問だ。四角くきっちりしたデザインに、前面いっぱいの大ぶりなダイヤル、そして上面の赤いボタンまで。どう見ても60年代のポータブルラジオかカセットテープに似たこのカメラの正体は、Voigtländer Vitessa 500である。
前の世代のクラシックなヴィテッサが優雅さの象徴だったとすれば、こいつは60年代のモダンさと弾けるポップ(Pop)な感性をまとって生まれた、まったく違う魅力の相棒だ。
時代を先取りした箱型デザイン
まず目を奪うのは、やはり時代を先取りした独特のデザインだ。レンズがぐっと飛び出した典型的なカメラのシルエットを拒み、すべてをボディの中にすっきり収めた「箱型デザイン」を選んだ。
とくにシャッターボタンのかたちがおもしろい。よくある小さな丸いボタンではなく、上面の片側に、幅広で細長い長方形のシャッターがボディと面一に埋め込まれている。出っ張りなくすっと収まったこのシャッターのおかげで、カメラはいっそう四角い箱のように見え、指全体で軽く押し込む独特の操作感が味わえる。
感度(ISO)を合わせるダイヤルもレンズではなくボディ前面に大きく配置されていて、これを回していると、本当にラジオの周波数や音量を合わせているようなアナログの感触が指先に伝わってくる。
カラーランターと目測式フォーカス
ただかわいいデザインというだけではない。その中心には、フォクトレンダーが誇る実用的な名レンズColor-Lanthar 42mm F2.8が堂々と構えている。
ピントは、撮影者が被写体までの距離を目分量で見積もって合わせる、クラシックな目測式(Scale Focus)だ。自分の立っている場所から被写体まで3メートルくらいかなと思ったら、レンズの数字を「3」に合わせてシャッターを押せばいい。最初は戸惑うかもしれないが、慣れればファインダーをのぞかなくても素早く距離を合わせ、ぱっぱっと撮っていくスナップ写真の醍醐味をしっかり味わえる。
42mmという気楽な画角と明るいレンズのおかげで、曇りの日や室内でもなかなか見事な、ヴィンテージ感のある仕上がりになる。
二つの巨人の痕跡を、一台のカメラに
カメラのデザインをじっくり眺めていくと、隠れた歴史も見つかる。おもしろいことに、ドイツカメラの二大巨頭であるZeiss Ikon(ツァイス・イコン)とVoigtländer(フォクトレンダー)のロゴが、並んで刻まれているのだ。
1960年代、日本製カメラの攻勢に押され、フォクトレンダーがライバルだったツァイス・イコンのグループと合併した激動の時代を、この小さなカメラが物語っているわけだ。会社は人の手に渡ったが、フォクトレンダーのエンジニアたちは、かつて自分たちの最高級モデルだったヴィテッサ(Vitessa)の名をこのコンパクトカメラに受け継がせ、「小さくて安くても、性能と名前だけは守る」という最後の意地を込めた。
ヴィテッサで撮った日常:作例
下は、アリーカメラのKang Hye-won代表がヴィテッサを手にパリで撮ってきた二つの場面だ。ヴィンテージらしい密度と温かい色、そして目測式カメラならではのゆったりした呼吸が、そのまま写っている。
周波数を合わせるように、日常にピントを
ヴィテッサを首から提げて出かけた日には、「そのかわいいカメラ、何ですか?」と一度はかならず聞かれる。そんな魅力的なファッションアイテムでもある。
人とは違うユニークなドイツのヴィンテージカメラを探しているなら、この小さなラジオカメラが、あなたの日常を特別な周波数に合わせてくれるはずだ。
本物のヴィテッサに会いに来てください
アリーカメラで実際に手に取ってみることができます。5ft magazine Vol.02には、さらに多くのカメラの話とCineStill 800Tで撮った作品が収められています。